東京人の広島カープ応援奮闘記

東京人です。広島を好きになったのは、1986年の日本シリーズ、第1戦引き分けの後広島3連勝、後4連敗で敗戦したあの時です。家族は西武デパートが安売りをするので西武を応援していました。子供だった僕は「赤い方かわいそうじゃん」と思い、心の中で一人カープを応援していました。が、3連勝の後、4連敗。野球に興味のなかった子供でしたが、初めて真剣に見た野球で、怖さと魅力を覚えました。それ以後、野球の大ファンになりました。子供心に、カープが日本一になるまでカープを応援すると決めました。まだ日本一になっていません。もう一生カープファンです。 2連覇しました。僕の目標は広島黄金時代の到来です。毎年優勝争いに絡んで、そして優勝して、日本一になる。 東京人ですが、広島の試合はradikoで毎試合欠かさず聴いてます。テレビ中継があるときはもちろん見るし、毎年10試合近くはチケットを購入し観戦に行きます。 東京人の熱烈広島ファンの奮闘を辿るブログです。

おめでとうございます。

シーズン始まる前に、

今季はエラー0を目指すと言って、

始まってすぐにエラーをしてしまった菊池、

ちょっと今季はゴールデンクラブ逃すかも?

と思っていましたが、

セにはセカンドの守備に置いて、

菊池のライバルはいないと思っているし、

ゴールデンクラブが妥当です

天然芝のマツダをホームにする広島は、

エラー0は正直難しいと思う

だから、

エラー0を目指すより。

チームに流れを呼ぶファインプレーとか、

失点をさせないファインプレーとか、

そっちの方が価値があると思う

菊池はその点に置いて、

非常に優れている

FAの動向が気になる菊池ですが、

海外FAをとるまでは、

広島にいて欲しいと強く願っている

やはり赤松氏は2軍外野守備走塁コーチからです。

僕としては1軍帯同で、

盗塁成功率を上げる指導をして欲しかったのですが、

経験も無いし、

2軍からスタートが妥当です

そうなるだろうと思っていました。

2軍から走れる選手を育てて欲しいと思います

1軍打撃コーチに2軍の朝山氏が就任しました。

2軍に落ちてすぐ修正し、

1軍に選手を戻す役割を担っていたと思われます。

すぐに修正する能力のあるコーチと思われます。

1軍で不調になった選手をすぐに修正して欲しいと思います

投手コーチに3軍から澤崎氏が就任です。

これはよくわからないです。

畝コーチが3軍の統括コーチになりました。

何かそれはご子息が育成で入ったことも関係してそうです

それはどうなの!?

一軍の投手コーチはコーチ経験の無い横山氏と

1軍コーチ経験の無い澤崎氏ですが、

そこは監督が佐々岡氏だからなんとかしてくれるでしょう

打撃も朝山氏がいれば大丈夫だと思う

やはり問題は走塁コーチじゃない!?

盗塁成功率低かったよね!?

そこにメスを入れず廣瀬氏と山田氏が継続とは、

2軍に赤松氏が入ったとは言え

不安です

コーチは1軍2軍入れ替えとかあったと思う

どうなる事でしょう。

「開幕からどんどん勝ち星を量産していきたい」

メジャーから復帰した黒田氏の控えめなイメージからすると、
意外な言葉に聞こえるかもしれない。

この強気な発言は、
この時の黒田氏の置かれたエースと言う立場から出たものだ

開幕戦、
5点リードの展開も、
7回途中8失点でまさかの敗戦投手

その後も勝ち星が伸びない。
防御率は5点台付近を彷徨う状況

6月には一軍登録を抹消される
これは春季キャンプからの足の張りををかばい、
それがバランスを崩した結果だと言う

この年初めて調整を一任された黒田氏には、
エースの使命を全うしよう思っていたのだろう

「開幕からどんどん勝ち星を量産していきたい」
と言う思いには、
この年夏に開催されるアテネオリンピックのメンバーに選べれていたと言うこともあるのだろう

結局2004年シーズンは、
勝ち星が一桁に終わる

アテネオリンピックでは中継ぎとは言え、
チーム最多タイの2勝を挙げ、
3試合を投げ自責点0と言う文句なしの活躍を見せる

しかしオリンピックでは中継ぎ

「カープのエースになっても、ジャパンに入ったら、ただのいちピッチャーになった。井の中の蛙になったらアカンと思った。」

黒田氏の凄いところは、
井戸から出るではなく、
その井戸を日本一大きくしようと考えたところだ。

カープを日本一大きな井戸にしようとしたのだ。

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