もしこの世に「カープ野球」というものがあるのかと聞かれたら、
筆者は躊躇なく「ある」と答える。

具体的にそういう選手を挙げて説明しなさいと言われると、
答えは意外と簡単である。

オールドファンなら、
はじめに高橋慶彦の名前を挙げて語り始めるのではないか。
彼は単打で塁に出ることが多かった。
そして常に次の塁を狙ってスタートする構えを見せていた。
カープ野球というのは、山本浩二や衣笠祥雄の豪快な打撃ではない。
全身を使って激しく動く、情熱的で純なベースボールのことを指す
監督の古葉竹識はモデルを阪急の福本豊とし、
コーチ陣の反対を押し切り彼を内野手にコンバートし、
スイッチヒッターに変更させた
彼の猛練習ぶりは伝説となった
それは伝説だけに終わらず、
カープの伝統として実践されるようになった
選手会長になった彼に事件が起こる
1988円開幕前の事
カープ球団は毎年選手と球団職員が一堂に会し激励会をするのだが、
その年は日程の関係で試合の前日に設定された
選手会長の高橋慶彦は日程の変更を申し入れたが、
日程は変更されず、
その激励会に高橋慶彦の姿はなかった
結果、彼は2週間の謹慎処分を受けた
その先の結末は、
彼はトレードに出された

その他、
野村謙二郎
前田智徳
緒方孝市

計4人がカープ野球を創った男として紹介されています