2006年オフ

黒田氏はブラウン監督の強い要請により、
肘の検査でアメリカへと渡る

ブラウン監督の人脈から、
診察をしてもらう事も難しい名医に見てもらう

黒田氏は思わぬ決断を迫られる

「先の事を考えて、手術しておいたほうがいい」

簡単な手術ということだったが、
黒田氏にとっては初めての手術で、
慎重になった

2日ほど現地で考え、
アメリカで手術を受ける事となる

全身麻酔で30分ほど、
内視鏡で「ねずみ」という骨のかけらを2つ取り去る

このオフ、
FA騒動で揺れ、
黒田氏の成績にはあまり触れられていなかった
2006年13勝6敗1S防御率1.85投球回189、1/3完投7
個人タイトル最優秀防御率
防御率1点台も快挙だが、
100球前後が交代のメドの起用法で、
完投7は驚異的と言っていい

「ピッチャー心理として
バットに当てられたくないという怖さがあったが、
当てられても内野ゴロを打たせられるというか。
なんかひとつ殻を破れた気がした」

メジャーから戻ってきたときの投球スタイルだと言われているが、
その土台は海を渡る前からある程度確率されていたのだ

プロとしてのキャリアが10年を過ぎ、
30代になった黒田氏は、
ピッチャーとしてさらに一段階上のレベルに到達していた

黒田氏は2007年開幕、
長谷川良平さん以来、
実に50年ぶりとなる5年連続の開幕投手を務める事となる
半世紀を超えるカープの歴史において、
5年連続で開幕投手を努めた投手は、
長谷川良平さんと黒田氏の二人しかいない。

2007年オフ
黒田氏はシーズン終了後、
手術した右肘の再検査のために、
渡米する

「向こうで見てきたワールドシリーズの雰囲気を
この球団で体験できたらと思う」

世界最高峰と言われるアメリカ・メジャーリーグの舞台
黒田氏はFA宣言し、
代理人と契約する
メジャー複数球団からオファーが高い評価で届き、
本格交渉に入る
そしてカープ史上初となるメジャーリーガー誕生が報告される

この時カープファンへの想いを聞かれた黒田氏は、

「もう・・感謝の気持ちでいっぱいです」

メジャーの入団会見
3年契約年俸総額約40億円と言う大型契約
外国人に囲まれて行った会見

「広島東洋カープから来ました黒田博樹です」

アナウンサーである筆者の先輩がこう言う

「広島は黒田博樹を失うのではなく、
どこまでも進化する男の目撃者になるかもしれない」