東京人の広島カープ応援奮闘記

東京人です。広島を好きになったのは、1986年の日本シリーズ、第1戦引き分けの後広島3連勝、後4連敗で敗戦したあの時です。家族は西武デパートが安売りをするので西武を応援していました。子供だった僕は「赤い方かわいそうじゃん」と思い、心の中で一人カープを応援していました。が、3連勝の後、4連敗。野球に興味のなかった子供でしたが、初めて真剣に見た野球で、怖さと魅力を覚えました。それ以後、野球の大ファンになりました。子供心に、カープが日本一になるまでカープを応援すると決めました。まだ日本一になっていません。もう一生カープファンです。 2連覇しました。僕の目標は広島黄金時代の到来です。毎年優勝争いに絡んで、そして優勝して、日本一になる。 東京人ですが、広島の試合はradikoで毎試合欠かさず聴いてます。テレビ中継があるときはもちろん見るし、毎年10試合近くはチケットを購入し観戦に行きます。 東京人の熱烈広島ファンの奮闘を辿るブログです。

カテゴリ: 本の紹介

「開幕からどんどん勝ち星を量産していきたい」

メジャーから復帰した黒田氏の控えめなイメージからすると、
意外な言葉に聞こえるかもしれない。

この強気な発言は、
この時の黒田氏の置かれたエースと言う立場から出たものだ

開幕戦、
5点リードの展開も、
7回途中8失点でまさかの敗戦投手

その後も勝ち星が伸びない。
防御率は5点台付近を彷徨う状況

6月には一軍登録を抹消される
これは春季キャンプからの足の張りををかばい、
それがバランスを崩した結果だと言う

この年初めて調整を一任された黒田氏には、
エースの使命を全うしよう思っていたのだろう

「開幕からどんどん勝ち星を量産していきたい」
と言う思いには、
この年夏に開催されるアテネオリンピックのメンバーに選べれていたと言うこともあるのだろう

結局2004年シーズンは、
勝ち星が一桁に終わる

アテネオリンピックでは中継ぎとは言え、
チーム最多タイの2勝を挙げ、
3試合を投げ自責点0と言う文句なしの活躍を見せる

しかしオリンピックでは中継ぎ

「カープのエースになっても、ジャパンに入ったら、ただのいちピッチャーになった。井の中の蛙になったらアカンと思った。」

黒田氏の凄いところは、
井戸から出るではなく、
その井戸を日本一大きくしようと考えたところだ。

カープを日本一大きな井戸にしようとしたのだ。

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この本は広島テレビアナウンサー森拓磨氏が、
黒田氏のそばで見ていた姿を描いた本です。

彼が初めて黒田氏に取材したのが2002年

当時プロ6年目を迎えた黒田氏は、

2001年にプロ初の二桁勝利に続き、

2002年も連続して二桁勝利を上げた

新人アナウンサーだった彼は

覚えなければならない事が山ほどあった

プロ野球の選手との取材する時間なんてほとんど無い

彼が黒田氏と特別な関係になるのはまだ先の話になる

2002年5月24日、

黒田氏は腰痛の影響で一軍登録を外れた後の、

復帰登板を巨人戦で臨んだ

結果は124球13奪三振の完封

ヒーローインタビューで

「ナイスピッチングでした!」

と声をかけられるも、黒田氏は言葉に詰まる

怪我でチームを離れ、その復帰戦で完封した事に、

黒田氏は溢れる思いがあったのだろう

少し時間を置いて、

「・・・はい、良かったです」

と答えるのが精一杯だった

黒田氏は決して多くを語るタイプではないが、

それでも記憶に残る名シーンや名言をいくつも残している。

そこには計算も演出も一切なく、

あるのは黒田博樹という男の生き方だ。

その後も彼は、

黒田氏の感情が溢れ出る瞬間に何度も心を揺さぶられることになる。

黒田氏はこんな言葉を残している

「そりゃ、絶対に打たれへん球投げたいやろ」


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”グラウンド以外の、食事の席などで聞いた話を放送で言わない”

このアナウンサーの、黒田氏とつき合う上での、暗黙のルールだったそうです。

黒田氏と言う人間を大好きだと言う彼から見た黒田氏が、この本では描かれています。

2015年当初の「男気フィーバー」の熱気に、少し戸惑いを覚えていたと言います。

「まるで仲良くしてもらっていた近所のお兄さんが、急に国民的アイドルにでもなったかのよう」

だったと言う。

黒田氏は取り巻く環境が変わっても、黒田氏自身は昔から本当に何も変わらない。

と言います。

”黒田博樹は、急に男気・黒田博樹になったわけではない”

若手時代から見せていたプロとしての自覚

マウンドに全身全霊を捧げるカープのエースとしての責任感

FA騒動の中で貫いたカープ愛

どれも黒田氏の男気である

付け加えると黒田氏自身は自分が特別なことをしているとは思っていない

黒田氏の魅力を表すエピソードはまだまだたくさんあるのだが、

グラウンド以外の話をしないと素顔を伝えることができない

森拓磨氏は黒田氏に直接お願いすることとする

「黒田さん、もし現役を引退するようなことがあればその時、これまでのことを本に書いてもいいですか?」
「おぉ、勝手にせぇよ」

黒田氏は照れくさそうに笑っていた。

森拓磨氏はまず書くこととした。

出来たものを持っていかないと話にならないと判断したからだ。

口先だけでなく、

行動で示すという黒田氏の生きざまから考えると、こうする他にない。

森拓磨氏は黒田氏の生き方をまとめはじめた。

基本的には森拓磨氏が黒田氏の間近で見てきたエピソードを中心に書かれてある

黒田氏は一人の人間としての「みちしるべ」にもなるのではないかと著者は思っている

読んだ僕もそう思う。

学ぶことが大いにあった本です。


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Lesson1 鈴木誠也に人生を学べ 

彼はマツダスタジアムのオーロラビジョンに、
変顔を見せるという
グランウドの求道者のような振る舞いから離れ、
プレー以外の場所では永遠の悪ガキ
このギャップが愛される秘訣かと

Lesson2 大瀬良大地に完投主義を学べ

大瀬良の完投の思いを後押しするのが、
今年二軍から一軍コーチに昇格した佐々岡
そしてカープのエースの先輩、
黒田や前田健太である
今年から調整法を変更し、
完投をアピールしていると言う

Lesson3 2019年型打線にリセット力を学べ

2年連続MVP丸の抜けた穴をどう埋めるか?
打撃コーチや緒方監督も、
試行錯誤している
僕は聖域である4番誠也をも外し、
誠也を3番やもしくは1番に起用するのも手だと思うが、
後半戦、カープベンチはどう言う決断をするのか見ものだ

Lesson4 ドミニカ助っ人にサバイバルを学べ

ドミニカアカデミー所属の選手は、
まずしくて一日3食食べれない人もいると言う
そんな中でもカープから派遣されたコーチは厳しく
メジャーのアカデミーでは考えられない練習量、
そして礼儀作法まで厳しいと言う
コーチは言う
「成功したやつで努力しなかたやつなんて一人もおらんでしょ」
プレートには
「練習は不可能を可能にする」

Lesson5 ”三本の矢”に折れない術を学べ

大黒柱新井貴浩が引退し、
今季は會澤翼、石原慶幸、小窪哲也、
の三人がリーダーシップをとっている

Lesson6 スカウトに発掘眼を学べ

スカウティングとは人が人を評価すること

Lesson7 二軍の汗に育成のリアルを学べ

2軍選手の寮から2軍本拠地の球場まで、
バスで片道45分
音楽もかけないで移動し、
試合前も試合後も練習していると言う

Lesson8 FA哀史にチーム作りを学べ

1994年の川口が第一号だった
それから江藤、金本、黒田、新井、丸、
と4番打者にエース、MVPが抜ける
それらの立て直しを記す

Lesson9 マツダスタジアムに遊び心を学べ

ドーム球場を建設するには500億
マツダスタジアムは90億
それでも日本で1番楽しい球場となった秘訣を探る

Lesson10 カープグッズに売れる秘訣を学べ

今や年間で販売するオリジナルグッズの種類は、
600から1000
よりスピーディに販売する

Lesson11 松田オーナーに恩返し経営を学べ

この球団は原爆が落ちた5年後にリーグに参加しているんじゃけど、
これはすごいことよ。
当時の人の情熱を思うと、
わしは涙が出てくる。
あのときどうして球団をつくろうと思ったのか。
その人たちの苦労があったからそ今があるんだから、
我々は耐えて頑張っていかなくちゃいけないんだという気持ちが根底にある。

Lesson12 美人妻に支える力を学べ

大瀬良選手の妻、浅田真由さんと
上本選手の妻、中原衣美さんが、
紹介されています

Lesson13 OBに赤ヘルの伝統を学べ

新井氏と金本氏の対談です

Lesson14 カープファンに恋する情熱を学べ

主にカープの応援団の方の話です

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日本社会に爽やかな風を送り込んでくれたカープ女子。世には「ユニフォーム効果」というものがある。彼女たちは赤い衣装に身を包んでいるため。一見、同じような行動をする人たちのように見える。

ところがどっこい、その一人ひとりにはツヨイ個性がある。むしろ、その人たちをひと括りにして語るのが難しいのである。

そういう人たちを多面的に紹介してみたい。

ドラえもん
日本人で”ドラえもん”を知らない人はいないと思う。海外でも”ドラえもん”は広く知られている。その知名度は総理大臣をも凌ぐだろう。
ただその日本語の声の主を思い起こす人は、よほどのアニメ痛でない限り、数少ないと思われる。ましてやその人が、筋金入りのカープ女子であることを知る人はもっと少ない。
声の主は水田わさび。2005年から初代の跡を継いで、ドラえもんの声を担当している。本人は三重県出身なのだが、幼い頃からのカープファンである。
そのルーツは父親にある。広島県出身だった父親は、娘に徹底的なカープ教育を行った。
実は、広島には、これと同じような父親がごまんと存在し、後世へバトンを繋ぎ続けている。

国際派ロック歌手
広島県出身の音楽グループ・ラブリンタンプリンのボーカルaya
彼女が、自らをカープ女子と強く意識するようになったのは、広島出身だからということではない。2008年に発売された「それいけカープ~若き鯉たち~」「ゴーゴーカープ」「痛快!赤ヘル音頭」「燃える赤ヘル僕らのカープ」など。一連のカープソングをユニークなロックに乗せてCDヒットさせたからである。

これらに代表されるような、個性豊かなコープ女子がいる
それらを1本のヒモで括れるほど単純なものではない。
大胆にも、その人たちを4つのグループに分類して締めに代えたい。

<新生グループ>
広島やカープとの地縁、血縁はなく、純粋にカープやカープ選手に惹かれる主に若い世代の女子たち。ファン歴が浅く、一部に野球のルールを知らない人たちも含まれる。関東に多いが、いま全国に広がりつつある。

<本家グループ>
新生グループの存在を意識し、広島でこれに対抗する形で顕在化してきたカープを応援する女子たち。個々にはかなり以前から存在していたが、この機会に結束を固めた。カープ情報については、関東のスポーツ記者より詳しい。

<保守グループ>
ブームとは一線を画し、自分のスタイルでカープの応援を続ける女子たち。年齢には関係なく、多少マニアックな面を持つ。知っているカープ情報はやや古いが、一部に芸術家、作家、歌手なども含まれる。広島に多いが、関東や全国にも多く存在する。

<アンチグループ>
ブームを嫌い、ひそかにカープを応援する女子たち。なかには積極的に、にわかカープファンを批判する女子もいる。個性的で、一部に変わり者と呼ばれることを憚らない人たちも含まれる。広島をはじめ全国に点在する。ただし、人数は少ない。


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